2016年9月26日月曜日

全国消防機器協会が住宅防火のモデル地区に城北学区自治連合会を選定、住宅用火災警報器など寄贈

 全国消防機器協会(東京都港区)は、住宅防火のモデル地区に彦根市の城北学区自治連合会を選定。16日に彦根市消防本部で住宅用火災警報器などの受納式が開かれた。
 協会では今月1日から21日までの住宅防火・防災キャンペーンに合わせて、社会貢献事業の一環で全国各地のモデル地区に住宅用火災警報器などを配布。今年は20地区を選定し、滋賀県内では城北学区のみが入った。城北学区は住宅用火災警報器の設置率(今年3月時点)が68・8%で、市内平均の79・8%を下回っているうえ、高齢化率も高いため、市消防本部が協会側へモデル地区としての選定を申請していた。
 受納式には城北学区自治連合会の北村収会長らが参加し、河池博市消防長から住宅用火災警報器100個、消火器25本、エプロンなど防災製品25セットが贈られた。北村会長は「高齢社会の中でこのような提供を受け、介護の必要な高齢者に安心、安全に暮らして頂くことができる。学区の防火防災に今後も努めていきたい」と話していた。

じんけんフェスタしがで、スポーツジャーナリストの二宮清純さんらが「スポーツと人権」をテーマにパネルディスカッション

 「じんけんフェスタしが」が22日に文化プラザで開かれ、スポーツジャーナリストの二宮清純さんらが「スポーツと人権」をテーマにパネルディスカッションを行い、4年後の東京五輪に向けて、障害者と健常者の共生社会の進展を求めた。
 ディスカッションには二宮さん、パラリンピックの射撃選手・田口亜希さん、視覚障害者チーム「びわこタイマーズ」の伴走者・橋本廣明さん、車いすバスケットプレイヤー・大内秀之さんが参加。
 二宮さんは東京五輪が行われた1964年時の高齢化率が6%で、4年後の東京五輪時には30%になると紹介したうえで「これからは成長よりも成熟、効率よりも快適、をコンセプトにした社会にするべきだ。時代に合ったオリンピック、パラリンピックを考えていくべきだ」と説明。
 また橋本さんの「障害があっても自分でやっていける人はいる。互いに楽しめる方向で進めていってほしい」との提案に対し、二宮さんは「一緒に楽しもうという感覚が大事で、例えば、障害の重い人から軽い人までがプレーする車いすバスケは共生社会の縮図だと言える」と解説した。
 実際に車いすバスケをしている大内さんは「(障害者を)一方的に助ける、支えるのではなく、健常者と障害者が助け合い、支え合うような共生社会になってほしい」と述べた。
 田口さんは、障害者が体育館の利用を申請する際に「フロアに傷がつく」「けがをされたら困る」などの理由で断られる場合があるとしたうえで「障害者が小学校の時から健常者と一緒にスポーツをできる環境や、自分たちの力を発揮できる居場所を整備することが大切だ」と話した。

2016年9月23日金曜日

岩崎悠人選手=京都橘中学高校3年生=J2の京都サンガF.C.への入団決定

 彦根出身の岩崎悠人選手(18)=京都橘中学高校3年生=のプロサッカーリーグJ2に所属する京都サンガF.C.への入団が決定。13日に校内で入団発表が行われた。
 岩崎選手は彦根市立金城小、中央中を卒業し、京都橘中学高校へ入学。1年生の時に日本の高校選抜に選ばれ、デュッセルドルフ国際ユースサッカー大会に出場した。
 U―17、U―18の日本代表にも選ばれ、海外遠征で活躍し、今年はU―19の日本代表のストライカーとしてバーレーン、中国、米国、フランス遠征に加わった。また同校のサッカー部ではキャプテンとしてチームを牽引した。
 入団発表には、同校出身で京都サンガへ入団する東洋大学4年生の仙頭啓矢選手(21)と一緒に出席。
 岩崎選手は「小さい頃からの1つの目標だったプロサッカー選手になることができ、本当にうれしいです。将来は世界に出て、日本代表としてワールドカップに出るのが目標です」と抱負を述べた。

2016年9月20日火曜日

円覚寺龍隠庵の会首・境野勝悟さんが「日本のこころの原点」をテーマに講演

 神奈川県鎌倉市の円覚寺龍隠庵の会首・境野勝悟(かつのり)さんが10日、文化プラザで「日本のこころの原点」をテーマに講演。戦後教育の批判や日の丸の成り立ちなどを解説した=写真。
 終戦の日を中学1年生の時に迎えた境野さんは、「小学6年生までは昔の教育、戦後は戦勝国の教育が行われた」と表現したうえで「戦後は『恩』の教育をつぶした。心(恩)の教育は命の教育であり、何の力で生きているかを教えなければいけない」と話した。
 日本については「2000年、3000年前から太陽があるから生きていけることをみんなで自覚し、日本の思想性をみんなで考えた。他国の民主主義や共産主義はリンカーンやマルクスら個人が考えた」と説明。国旗の日の丸についてもふれ「命の本は太陽であり、私たちの民族は太陽を大事にした国だ」と述べた。
 また「欧米人は自然を利用するが、日本人は自然に感謝し、合掌してきた。日本人の愛国心は日本の自然を愛すること。見えないものに感謝するのが私たちの民族の強みだ」と解説。「戦後は日本人としてどう生きるかを教育しなかった。戦争に負けて日本を捨てざるを得なかった。だから、他国が日本に対して崇敬の念を抱いている一方で、今の日本人は無自覚になっている」と指摘した。
 最後に、テロや紛争が相次ぐ世界への日本の役割について「日本は欧米から物質文明を学び習得した。この混迷の世を救えるのは日本の心だ。日本の心を世界に説いていくことが必要になっている」と熱く語った。
 境野さんの講演は彦根南ロータリークラブが主催した、滋賀県内の21のロータリークラブが一堂に集まるインターミーティングの中で開催。県内から約500人が来場した。

日夏町の巡礼街道沿いにたたずむ昭和の雰囲気の店「よろず淡日(あわひ)」

 彦根市日夏町の巡礼街道沿いにたたずむ昔懐かしい雰囲気の店がある。「よろず淡日(あわひ)」だ。記者は仕事などで頻繁に同街道を車で通るが、初めて同店を伺った。(山田貴之)
 同店は、経営する疋田実さん(56)の曾祖父の半六が大正時代に「塩半」という屋号で開業したのが始まり。飲食や日用品、文具から下駄の鼻緒などまで何でもそろう「よろず屋」として経営し、祖父の甚吉さんが2代目を引き継いだ。
 約15年前に甚吉さんが亡くなった後は空き家になっていたが、当時、大阪市内で家具を作っていた実さんが朽ちていく建物を復活させようと移住を決意。平成26年4月末に移り住み、実さん自身が改装工事をした後の昨年8月22日に3代目として開店した。店名は淡海(おうみ)と日夏から「淡日」と名付け、淡を青色、日を橙色で表している。
 建物は大正時代の母屋と築約45年の店舗からなり、店内では駄菓子、コクヨのびわ湖文具、市内外の茶やしょう油、古道具などを販売しているほか、カフェや児童書の貸し出しをしている。店舗の外には戦前に作られたパチンコ台や子どもの落書きコーナーがあり、地域の児童たちが遊べる工夫もされている。
 実さんは大阪在住時に児童保育の仕事をするなど福祉の活動に従事したり、現代美術に興味を抱いていたことから、店内では地域の福祉施設の利用者が作った陶器や布製品を販売しているほか、店舗に隣接する大正期の建物をギャラリースペースとして活用している。
 実さんは幼少期、祖父母に会うため夏休みなどに訪れた際の記憶を鮮明に覚えているといい「当時のように地域の人たちが集まる場所にしたい。そのためにも祖父の時代に扱っていた店に近づけたい」と話していた。
 開店時間は金土日月と祝日の午前11時~午後6時。問い合わせは同店☎(49)3890。
 なお同店は11日まで、現代アート作家の堀尾貞治さんと山下克彦さんの作品展をギャラリー内で開いている。

2016年9月16日金曜日

マリアージュ彦根、テラス付きの披露宴会場に樹木を備えるなど自然派志向の空間に改装

 彦根市里根町の結婚式場「マリアージュ彦根」はテラス付きの披露宴会場の一つを、本物の樹木を備えるなど自然派志向の空間に改装。見学を随時受け付けている。
 グラマラス(魅力的)とキャンプを組み合わせた「グランピング」のデザインに着目。緑化の専門業者「東邦レオ」(東京都豊島区)に施工を依頼し、3つの式場の内、70人が収容できる170平方㍍の中宴会場を改装した。
 新郎新婦が座るメインテーブルの背後に藤ヅルの幹を天井に向かって配置し、壁面にはカポックなど3種類の植物が植えられている。参列者席の天井には藤ヅルの幹や植物が顔を出しているほか、植物からの「恵みの露」をイメージしたペンダントライトや木製のシャンデリアが設置。各テーブルにはさまざまな形の小瓶に野花をあしらう工夫もされている。
 隣接するテラスにはアウトドアやキャンプをイメージしたランタンやターフ(芝生)、ソファ、流木アートなどが整備されており、新郎新婦や参列者がくつろげる空間になっている。
 支配人の宮本良孝さん(53)は「ナチュラルな雰囲気で、自然と会話が弾む空間を演出しました。自然に癒やされながら、ゆったりと過ごしてほしいと思います」と話していた。披露宴のほか、同窓会やパーティー、忘年会、新年会でも利用できる。
 マリアージュ彦根は昭和59年創業で、これまでに約1万1000組が披露宴を挙げている。木曜定休。問い合わせは同店☎(26)1101。

彦光会の伊藤壽美江さん卒寿記念し個展を開催

 彦根市芹橋1丁目の伊藤壽美江さん(89)は油絵の創作活動を続けており、数えで卒寿を迎えたことを記念し、滋賀中央信用金庫銀座支店でさきごろ個展を開催。多くの来場者から祝いの言葉を受けた。
 伊藤さんと絵との出会いは50年以上前の幼稚園のPTA活動時。50歳代になり、夫の哲夫さんと彦根の洋画グループ「彦光会」に入り、一緒に5年ほど絵画を楽しんだ。14年前に哲夫さんが亡くなってからは、欧州でツアーガイドをしている長女の愛子さんと一緒に欧米各国を旅し、各地で絵を描いてきた。昨年2月のドイツのローテンブルクを入れて、これまでに15カ国を訪問している。
 絵の魅力について、伊藤さんは「夢を実現してくれる力が絵にはある」と説明。今後の夢については「自宅近くのフジの花や古民家などまちの風景、そしてできれば故郷の旧びわ町(長浜市)の水辺を描きたい」と語り、「4年後の東京五輪でまた個展を開くことができるよう、創作活動を続けたい」と笑顔で話していた。